そのうんこ、どんな白さ?
その病院は、少し坂を上ったところにあった。
会社は都内でも有数のターミナル駅の外れにあったが、この駅の周辺は商業施設ばかりで総合病院のようなものは見当たらない。
小さな診療所やクリニックは点在しており、過去に体調が悪くなった時に診察をしてもらったことはあるものの、今回はちょっとした不安もあって大きめの病院に出向きたいと思った。
何せ、うんこが白かったからだ。
午前中に会社で腹痛を訴えてトイレに行った。そしてでてきたうんこが白かった。
ちょっと慌てて午前中の仕事を切り上げ、メンバーに伝えて会社を出てきた。
白いうんこのことじゃない。病院に行くとだけメンバーに伝えた。
スマホの地図を見ながら会社からバスで10分。バス停から少し登り坂を行くと、病院の案内看板が見えた。
うまくいけば昼休み中に診察を終えて、午後には会社に戻れればありがたいなぁ。なんてことをこの時はまだ考えていた。
しかしその思いはあっさりと打ち砕かれることになる。
そもそも、病院も昼休みだった。
午後の診察は13時半から。とりあえず昼休み明けに会社に戻ることはあきらめ、診察をしっかりしてもらおうと思った。
この病院に来るのは初めてではない。数年前に片頭痛で一度診察をしてもらったことがあり、その時は特に大きな問題は見つからなかったのだが、院内の案内や担当医師の対応の印象が良かったので、しっかり診察してもらうならこの病院かなとなんとなく思っていた。
診察券は持ち歩いていなかったので、入り口をはいってすぐの受付のお姉さんに手続きの方法を聞いてみた。
――お腹が痛いので診察に来ました。でも診察券を忘れました。
「以前の診察から期間が空いているので初診料がかかりますがよろしいですか。」
――はい。わかりました。
「診療科は消化器内科でいいですか。」
――(なぜこちらに聞くのか。白いうんこを出した管は消化器であるからして。)はい、そうだと思います。
「こちらの紙に記入して」
――わかりました。
渡された用紙に必要事項を記入して手続きを行った。
この時間、病院に来ている人たちの多くは老人。私と同じようにスーツ姿のサラリーマンは少ない。というかいない。
病院に来るといつも
「ここはおぬしが来るところではない」
と言われている気がしてばつが悪い。
総合受付が終わると、診療科の窓口を案内された。例の消化器内科である。
消化器内科の窓口のお姉さんに総合受付で預かった書類を渡す。
お姉さんから質問票と体温計が渡され、体温と血圧の測定を指示される。
渡された体温計で体温を測り、待合室に置かれた血圧計で血圧を測る。
血圧計の仕組みがよくわからない。風船みたいなのを膨らまして何を測っているのか。そもそも血圧ってなんだ。
体温と血圧を紙に書いて渡す。
今度は採血室で採血をして来いと書類を渡される。
採血室の窓口のお兄さんに消化器内科で預かった書類を渡す。
自分が転がっていくといろいろ手続きが進みだす。ピタゴラスイッチのビー玉の気分。
質問票には腹痛があることと、白い便が出たことについて書いた。
熱は少し高めの37.2℃だった。
血圧は、忘れた。いつも通り低かった。
採血は苦手だ。いつも血管が見えないといわれる。きつく縛られ、バシバシとたたかれた挙句、ぐりぐりと刺しなおされることも何度かあった。
でも今回の採血はそんなことはなく、強い痛みもなくスムーズに終わった。ありがたい。
採血から診療科の窓口に戻り、しばらく順番待ちの時間になった。
その間、今回の白い便が一体何だったのか、スマホでいろいろ調べてみた。
検索『白いうんこ』
代表的な結果は胆嚢や肝臓の問題。
胆嚢に何らかの問題が発生して胆汁の分泌が少なくなると、便が白くなるらしい。
そもそも胆汁は肝臓で作られて、胆嚢にため込まれるとのことなので、肝臓そのものの働きがおかしい場合も同じような症状になるようだ。
その他に代表的なものはロタウィルスの感染。
ロタウィルスとは急性胃腸炎を引き起こす感染症で、主に子供に多く起こる。潜伏期間は1~3日ほどで、39℃を超える高熱、腹痛、激しい下痢、嘔吐に襲われる。そして、その時に便の色が白色になることがある。とある。
そのほかには消化不良や栄養不足、健康診断の時に飲んだバリウムが排泄されるときなどに便が白くなるらしい。
今朝見た白いうんこは固形。
ロタウィルスは激しい下痢、とあるのでこれは違いそうだ。
そういえば、毎年の健康診断では肝臓の値が悪く、最近は『脂肪肝』の診断もでていた。やっぱり肝機能が落ちてなにか問題が発生しているのかも。
待っている間、カミさんとLINEでやり取りもしていた。
「横っ腹が痛い。胆石とかかな」
「胆石って(うんこの絵文字)白くなるの?」
「わからんけど胆汁が不足すると白くなるっぽい。胆嚢に何かあるかも」
「胆石か、肝炎とか」
「昨日のご飯のあとからちょっとお腹張ってたから食べ物のせいかも」
「そうやね」
「夜ごはん何しよかな」
「内臓にやさしいやつ笑」
「魚かな」
「煮物とか」
「肉じゃが?」
「簡単なやつで」
この時はまだ、晩御飯が食べれると思っていた。
この間、時間を追うごとに少しずつ腹痛が強くなっていた。
しばらくして、名前が呼ばれて診察開始。
担当医は若い女性。少し鋭い眼光で柴咲コウ似。
――今日はどうされました?
「今朝から腹痛で」
――どこのあたりが?
「全体的にだけど、左側が特に痛いです」
――昨日食べたものは?
「鍋」
正確には豚しゃぶ鍋だが鍋とだけ言った。何となく『ぶたしゃぶ』って言いづらかった。
――最近海外に行った?
「行ってないですね」
――吐き気は?
「特にありません」
あ、さっきの海外の話、半年前くらい前にアジアに出張していたことがあったな。そもそも最近っていつ頃だろう。いまさら言うのもなぁ。
――ほかに気になることは?質問票に書いた白い便というのは?
「今日の昼に会社で出たんです」
――どんな白さ?
「どんな白さ?」
――どんな白さ?
「どんな、えーと、割と普通の白?あーでも紙みたいな白さじゃなくって、普通の。壁紙みたいな。で、ちょっと緑っぽかったかも。」
普通の白と言っておきながら緑っぽいとか、自分で言っていてよくわからない。
あと壁紙って全部白じゃないだろ。
――これまでにアレルギーとかは?
「特にないですが、小さいころ小児ぜんそくにかかってました」
――今朝からトイレには何回行った?
「2回ですね」
――1回目から白かったの?
「1回目は見てなくて。2回目の時に見て気づいて慌てたんです」
――ベッドに横になって
診察室に備え付けられたベッドに行き横になりながら、うんこの白さを例える正解は何だろう。そんなことを考えていた。
つづく